merry’s posterous

それはそれ、これはこれ。分けること。

指摘されて気づいたけど堂々巡りだとかにっちもさっちもいかない状況になったことが
ここ数年ない気もするw

壁にぶつかったときにまずやることは細分化。
箇条書きでもキーワードでもいい。気になることは全部書き出す。
それからできることとできないことにわける。
で、できることはまずやる。
忙しいと思っていても書き出したこと全部ができないってことはまずない。
とっとと手帳だとかTODOリストだとかに入れて予定のひとつにしてしまう。

ここに自己啓発本の入る余地はない。
しいてここで本を読むというのなら自然と具体的なことが書かれた実用書になる。
仕事のことならそれに絡んだことだし
自分磨きなら英語だとか資格の本だとかね。

次はできないことのほう。
これは往々にして感情を伴っていることが多い。
理屈ではわかっているんだよ、でもこの気持ちをどうしたらいいのよ!ってとこである。
で、理屈部分は上で解決してる。
ここの解決方法の柱は基本的にはひとつしかない。
すなわち「時間」である。
冷静になるには時間がかかる。
そこに気づいてるだけで気の持ち方もだいぶ違うしね。
ほかにあたる確率が格段に減るし(笑)

それに加えておいしいものを食べたりだとか友達とおしゃべりしたりだとか
面白い映画を見たりだとか気晴らしできれば場合にも寄るけど時間の短縮をはかれるかな。
ただし、これはあくまで上記の分析をやった上でのこと。
いきなりこっち方向に向かうと問題から逃げた感覚が強くてますます壁を感じるので(笑)

そもそも細分化した時点で壁は壁じゃなくなるんだよね。
代わりに小さいハードルがいっぱいできる感じ。
でも小さいから飛び越えられる。
また、飛び越えられないところがあったとしてもできることはやったっていう自負もあるから後悔もない。
もしくは少ない。
ここまできちゃうと堂々巡りになりようもないしね。

よって自己啓発本の入る余地がどこにもないwまぁそんなところでしょうか。

ただあくまでこれは自分の場合。
もっともっと深いところで悩んでいる人にこういうのは通用しないのかもしれないなぁ。

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シンプルじゃいかんのか?

R25 2009.1.15号
石田衣良「空は、今日も、青いか?」より

簡単に言うと自己啓発・自己発見本についての批判でした。
その類の本はこたえがカンタンすぎてハッキリしすぎていることがよくない。
大変でも自分で考えてオリジナルな方法を自分で作り出すしかない。
とどめのヒトコトがこれ
「1冊1000円かそこらの本でカンタンに救われるほどきみの人生は安くないはずだ。」

そういわれるとはい、ごもっともです、としかいいようがない。
だって石田さん好きなんだもん(笑)
ただぽんと思いついてテキトーなこと言う人ならともかく
自分よりも頭がよくて本もたくさん読んでる人にそういわれると説得力あるわなぁ。

でもね。
自己啓発本大好き人間として(そうなのかw)あえて反論。
人生そんなに難しいものなのんかなぁ。

そもそも日本に生まれてきたらそんなに悩むことないよなぁ、とも思う。
(もちろん重い病気にかかってる、とか虐待を受けてる、とか深刻な場合もあるけれど)
戦争してるわけじゃないし。
学校にだって行ける。
ある程度の職業選択の自由がある。
配偶者だって選べるし、もちろん選ばなくてもいい。
うまくいくいかないはべつだけど自由に恋する余裕だってある。
好きな音楽が聴け、本が読める。

そんなこと言ってられない国、生き抜くのに必死なんてところだってなんぼでもあるわけで。
ちっぽけなことで悩める国だよなぁ、ここはって思ったりする。
それが悪いことだとか、次元が低いとかじゃなくってね。

だからシンプルに考える本があったっていいんじゃないかと思うのだ。
でもって今までうだうだ悩んで進まなかったんだったら、真似だろうがなんだろうがまずやってみたほうがいいじゃん。
失敗だってするだろうけれど学ぶの語源が「まねぶ」であるように
そのうちに自分にあったものだとかオリジナルが生まれるんじゃないかと。
そしたら本当にそういう自己啓発本からも卒業できるんじゃないかな。

もっとも私にはなかなか卒業できそうにないけれど(笑)

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森岡浩之「夢の樹が接げたなら」 を読んだ

SF短編集です。

まず着眼点や発想は文句なしに面白い。
脳に電極(?)をつないで言語が習得できるとか
人間型擬似生命体を作るとか
何もかもが機械まかせになってくるとか。
それはあながち夢物語ではないからこそ、近い将来現実にありそうなことだからこそ
面白いのだろう。

ただし、ほとんどのものが後味悪いw
というのもほとんどが不幸な結末を迎えるから。
そして、どうすればそんなことにならなかったのかがわからないから。

たとえば「スパイス」。
人間を作って食用とすることのどこがいけないの?と問われる。
その人間には感情もあるけれどそれはプログラムだから問題ないでしょう、と。
そうなると生理的な嫌悪感ですとか感情面で反対することはできても
理論で論破することができない。
そして筆者はそれに対するヒントや手がかりは一切書いていない。
そこ、もうちょっと突っ込んで書いてくれよ〜と思ったりして(笑)

逆に言うとあえて難しい知恵の輪をぽんと投げられた感じ、ともいえる。
ほうら、はずしてみろー、みたいなwww

悔しいので論破してみようと思う(笑)
時間はかかるだろうけれど。
現段階では他人に対する思いやりだとか愛だとかそういうのがすっ飛ばされてるところに
突破口があるのかな、って気はする。

そんなわけで。
非常に頭を使いました(笑)
この本を薦めてくれたお友達に感謝です。

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モノサシの差

何をもってまっすぐというのか。
何をもって純粋だというのか。
何をもって好悪があるのか。
何をもってイイヒトというのか。

まったく同じモノサシを持ってる人はいないけれど
あんまり違うと理解しあうのも難ではある。
エネルギーのあるときじゃないとね。

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あれ?

ここのところ店員さんに用件以外のことも話しかけることが増えた。

コンビニの店員さんの苗字が読めなかったらとりあえず聞いてみる。
頭に包帯をしている店員さんがいたらどうしたのか聞いてみる。
携帯のショップで説明を聞いててツッコミドコロがあったらとりあえず言ってみる。
クレープ屋さんで生クリーム抜きにしてもらう代わりにジャムを気持ち多めで、
なんてお願いしてみたりwww

全然大したことじゃない。
だけど今までやってこなかったなぁって、ふと思った。

じゃ、なんでできるようになったんだ?
年齢のせい・・・それもあるけれど(笑)

あ、ネットのおかげだー、って思った。
文章を書くことはもともと苦ではないけれどミニブログやチャットやってると
どうしても書くことの限界、っていうよりまどろっこしさも見えてくる。
直接話したほうが誤解が少ないじゃん、って思うことも多々。
そうなると人と話すこと、とりわけある意味どうでもいい会話なんてなんて簡単なんだろう。
そういう感覚がいつのまにか構築されてたんだなぁと思う。

それに、自分から絡んでいかないとわっかは狭くなるばかりで広くはならないものね。
ミニブログのたぐいはそういう訓練にもなってるのかも。

そんなわけで。
ネットで絡んでくれるすべての人に感謝です♪

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ごっこ遊び

本を読んだり、映画を見たりするとついついやってしまう癖。
それは「自分だったらどうするか?」ということ。

自分が主人公だったら?
自分が主人公の敵役だったら?
自分が主人公の家族だったら?
もしくは自分がまったく関係のない第3者だったら?←これは説教モードに入ること多しwww

で、当然のことながら登場人物とはまったく違う行動をとることもあるし、そうじゃないこともある。
その際に相手がどう反論してくるか、どう言ってくるかもシュミレーションしてしまう。
でもってさらにそれに対する答えを見つけようとする。
脳内会話状態とでもいえばいいだろうかw

ただ、それが自分の幅、というか客観的に見ようとするもとになってるんだろうなぁ、とは思う。
結局は相手の心理も読まないと成立しない遊びだから。
でもってそれが自分なりの経験値のつみかたなのだろう。

正確に読めているか、実際に客観的かどうかは別として、だけどw

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言語化

にこちゃんのいう言語化とはずれるかもしれないけれどw

言語化とは自分がとらえたものを言葉に置き換える作業が必要なわけで。
置き換えるんだからぴったり当てはまるものはないに等しい。
できるだけ近いもの近いものと頑張るんだけど
やっぱり置き換えでしかないから違和感があったりとか伝え足りなかったりとかしてしまう。
だから難しいんだよね。

あと、ひとつのものを見て、思ったことは一つとは限らない。
たとえば今回の内臓話1つとってもそこからイメージしたことは
シナプスのようにどんどん広がっていく。
今回は愛の形に焦点を絞って書いたけれど
実際には、他にも考えたことはいろいろあるわけで。
それを全部書こうとすると間延びしてしまって自分の感動を伝えることは難しくなる。
全部やろうとすると箇条書き並みに言葉を絞りこまないとね。
そうすると今度は逆に言葉足らずな部分が出て、またも言語化は難しいってことになる。

ただね。
そういう限界があるからこそ「遊び」があるわけで。
受け手に想像する余地がある。
それはひょっとすると作り手の意図とは全然違うこともあるけれど
そこから新しい発見や、興味だって生まれるんだ。
また、さらに分かり合おうとより深い対話だって生まれるかもしれない。
となると逆転の発想で「遊び」を作るのもありなんだよね。

すると結論。なんでもいい、とにかく書いてみろとwww

今回は書くことに言及したけれど絵を描くにしても音楽を作るにしても
それはみんな同じじゃないかと思う。

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内臓

アネット・メサジェ展
これを見てきたのだけれども。
 
体の一部をモノクロ写真にしてそこにペイントしていくとか
ピノキオの体内をイメージした作品、そのくせ作品名はコンテストを意識した「カジノ」とか
面白い発想が盛りだくさん。
 
あんまりかわいらしいものはなく、どちらかと言うと生と死の境界のような世界だなぁ。
 
そんな感じのテーマなので内臓をモチーフにしたものも結構あって。
不気味とかグロテスクといえばそうなんだけれども。
そこだけを見ればそれはただの臓器でしかないんだけど。
 
内臓もその人を作っているんだよね。
どこからが外面どこからが内面、その境界は意外と難しい。
誰かを好きになったときにその臓器もひっくるめてすべて愛しているだろうか。
 
彼女の作品は今まで意識しなかったそんなことを考えさせてくれました。
また見に行きたいなぁ。

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倍の時間

まだ妊娠初期のころに読んだ記事にあったんだけど。
妊婦はホルモンバランスの関係だか何だかでいろんな能力が鈍るんだそうな。
具体的になにがどうっていうのは忘れたけどね。

そのときはあまり自覚がなかったけど最近ひどい。
書類を作ったら期間を間違え
買い物したら必ず買い忘れがあり
お金を用意して行ったら封筒まで作っていったのになぜか中身が3万円も足りなかったり
挙句の果てに昨日は車をぶつけてしまい(代車なのに!)
へこむったらありゃしない。

なにが問題かって本人は気をつけているつもりなのに、この状態だってこと。
なので「気合いが足りん」とか「たるんでる」って言われてもどうしようもない。

ただここまで落ちるとあとは浮上するしかないわけで(笑)
反省することは大事だけれど本当に何にもできなかったのかといえばそうじゃない。

書類はすぐに作り直して届けたし
シャンプーは買い忘れたけど牛乳とマーガリンはちゃんと冷蔵庫に入った。
現金はその場で3万円支払い、
車の修理の件もお詫びと同時に弁償の話もちゃんとした。
(ありがたいことに「これぐらいなら自分で直せるからいいよー」って修理費無料になった!)

ほら、ちゃんと解決したり手に入れたりしてるじゃない。

あと4か月。
(もしくは年齢のせいならこういう状況は続くわけだけどさw)
物事をいろんな面から見る習慣は付けておきたいと思う。

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写真

上手い下手は全くわからないけれど、好きな写真ははっきりしているかも。友達のflickrを眺めながらふとそんなことを思った。

ひとつはただ単純にきれいなもの。水滴の拡大されて違う世界を映し出しているものとか、抜けるぐらい青い空とか、月とイグアナとかw

もうひとつは幸せがわかるもの。笑顔とはかぎらないのに楽しかったんだろうなぁ、とか充実してたんだろうなっていうのが不思議と伝わってくる1枚ってあるんだなと。

そしてそういう幸せはちゃんと伝染する。
てなわけで今日も僕は元気です(笑)

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