merry's posterous

雪と距離と

寒くて起きたら雪だった。
うどん県は滅多に雪は降らないけれど、年に1、2回はかなり降る。
今日がきっとその日。
まだ積もってはいなかったけれど。

朝ごはんを食べながらのんびり眺めてたらあっという間に吹雪になり、枯れたススキに白い花が咲いた。

雪だの雷だの、どうしていつまでも飽きずに眺めてられるのだろう。

ほどなくして雪は止んだのだけれども、急に山が大きくなってびっくりした。
錯覚だとわかっていても不思議なものは不思議。

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モヤモヤと芋掘り

娘につきあって漢検を受けることになった。
さすがに小学校低学年と同じ級というわけにはいかないので2級に挑戦、つまり高校卒業レベル。
それで、10日ほど前から受験勉強にとりかかったわけだけれども、まぁ見事なまでにできない。単語そのものがわからないのは少ない。まったく知らない漢字も今のところない。いわゆるど忘れがとことん多いのだ。
あー、たしか字の中のどこかに糸が入ってたとか、このときにも使う漢字だよー!とか思い出せそうで思い出せないあのとてもモヤモヤする状態。
だけどきっとこのモヤモヤは脳にいいに違いない。脳科学の茂木先生ならそういうはず!と勝手に決めつけてる。確か茂木先生は、資格を取ることに対しては否定的だった気もするけどそこは忘れたことにしたwそうするとこのモヤモヤ状態もなかなか楽しくなるから人間よくできてる。ちゃんと脳を使ってあげてるぞ、よし!という満足感。苦しいけどスポーツ頑張ってる人ってこういう感覚なのかもね。

そうこうしているうちにど忘れ度が少なくなってきた。初めて見る問題でも思い出せるようになる頻度があがってきたのだ。覚えた時期もバラバラ、意味も関連ない単語同士でも「漢字」とう弦に絡まってお互いつながっているのかもしれない。だからどこかを掘り出すと芋づる式に記憶が呼び起こされる。そんなことを考えると脳の中で芋掘りしている感覚まで生じてきた。そうなると問題をとくのが楽しい。買ってきたジャポニカの漢字ノートは早くも1冊が終わろうとしている。

勉強せざるを得ない状況においこんで始めたことだけれど、追い込んでみてよかったな。
試験そのものは来月末が本番。それまでに2級芋を掘り尽くしてみたい。

カタツムリ

庭でカタツムリを見つけた。
写真にとるには土の色と同じでわかりにくいなぁと思って折り紙の上にのせてみた。
当然カタツムリはひきこもっちゃう。
出てくるまで気長に待とうと、台の上に折り紙ごとおいてしばし作業。
もどったらカタツムリはいなくなってた。
折り紙の上から、ではなく台の上にも脚の部分にも、その付近の地面にも。

ひょっとして、誰もみていないときにやつらは高速で動いてるんじゃないだろうか。
高速で移動するカタツムリを想像しながら折り紙を片付けた。

サーカス

先日縁あって何十年ぶりかにサーカスを見た。
テントに入った瞬間のケモノ臭。
感覚のやたら狭い座席。
悪趣味なまでにギラギラの幕。
古い空中ブランコのセット。
聞かせる気の全くないエコーのかかりすぎた音楽やアナウンス。
今時許されるのか、みたいな鞭を片手の動物の曲芸。
見世物小屋、って表現がこれほどぴったりおさまるのも珍しいのではないだろうか。

今時サーカスといえばシルクドソレイユとかクーザとか芸術と言わないと失礼にあたるような洗練されたイメージだったのだけど、まだこんな世界があったのか!そんな感じ。

もちろんそんな怪しさ満点のところとはいえ、ものすごく練習を重ねたであろうアクロバットはたくさんある。でっかいライオンが7頭もそろって芸をするのはやはりすごいと思う(中の人がいつ食われるのかドキドキしたというのもあるw)。観客を楽しませようという心意気はたくさんあって、心から楽しめた。むしろこのバタ臭い雰囲気だからこそ楽しさ倍増だったと言える。

そしてその変わらなさは自分が子どもの頃みたそれをはっきりと思い出させてくれた。
演目もほとんど変わらなかった、って言うのもあるけれど、出かける何日か前に塗り絵をもらってわくわくしながら塗ったこと、
このときは舞台のここにあれがあったとか、ライオンは頭数が少なかったとか、あのときはここでピエロが落っこちたとか。それはもうびっくりするぐらいぞろぞろ思い出が開いていく。
そういう意味でも見にいけてよかった、そう思う。

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靴紐の重さ

靴紐の結び方が中途半端な状態で歩くと
紐の先が足にあたるのがわかる。
こんなに分厚い布なのに
こんなにちいさい紐の先なのに
ちゃんとあたるのがわかる。
つまり紐の先は
振られることによって、それなりの重さになっているのだろう。
したらばそれは何gぐらい?
なんてことを考えながら歩いてた。

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感受性とか擬似体験とか

なにごとも経験と人はいう。
まぁよほどのことでない限りそうだろう。
ましてやノンフィクション作品を見たり読んだりして
現実を知ったり、感受性の幅を広げるのは大切なことだ。

それでも、そういうのってつらすぎて苦手。
小学校3年のときに「ゾウさんの遺言」って本を読んだけど
ものすごくつらくて悲しくてしばらく元気になれなかった。
今だからこそ、あれは読んでよかった本だ思うし、子供のころにそういう本に触れることは
必要だってこともわかるけれど。
今でもその手のものは本にしろ映画にしろついつい避けてしまう。

そして今夜は小3の娘が「子狐ヘレン」を読んで号泣。
彼女にもそういう経験は必要。
だけどやっぱりそれ見てるのは自分がその本を読むのと同じぐらいつらいなぁ。
本来ならいい経験をしたね、と言うべきところなのかもしれないけどね。

花火リベンジ

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ツボった!

お友達から教えてもらったiPhoneケース。

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そのお友達は「こわいよ〜」とコメントしていたけれど
どうしよう・・・これ、めっちゃツボだわw

見た目だけの判断になるけれどやわらかそうな手応え、すごくリアルに手を握ってるように感じるんじゃなかろうか。
だとするとですよ、これで福山雅治バージョンとかリアルマツジュンの手とか作ったら飛びつく子いるはず。
もちろん私は杉下右京バージョンなら間違いなく買うw
右京さんと握手だなんて想像しただけでキュン死(←ばかw)

でねでね。
ストラップのないiPhone、結構落としちゃうでしょう?
(え、私だけかしら?)
このケースだと格段に落とす確率減ると思う。
ましてやうっかり落としかけたときに「あぶなーい!」とか言われて
手首がっとつかまれてみ?
なにこの少女漫画的シチュエーションってことで絶対胸キュンやで?
もっともサダコ手首とかだったらめっちゃ怖いやろうけどw

ほかにも長続きする人のための(!?)彼氏バージョンとか。
たまに喧嘩とかしちゃうと指の毛ぶちっと抜いたりしてw
全部抜いた時が別れ時、もしくは仲直りした時はオプションで増毛できます、とかw

あーもういろいろ楽しすぎるっ!
こんな商品をつくってくれたストラップヤさん、夢をありがとう!w

あこがれ

某所であ「憧れ」と入力しようとしたら誤変換で「あ焦がれ」と出た。
あながち間違ってない気がした。
憧れ、よりも強い感情のあこがれ。
そんな感じ。

なんだか楽しくなったのでちょっとtwitterでつぶやいたら
「愛焦がれるからあこがれ、なのかも」
というのと
「きつね色くらいがいいと松下幸之助さんがおっしゃってました。」
というこれまた素敵なリプライをいただいた。

実際に調べてみたら語源は「愛焦がれる」ではなかったけれど
(参考 http://www.tisen.jp/tisenwiki/?%A4%A2%A4%B3%A4%AC%A4%EC
こういう発想そのものが素敵。
リアクション起こすまでじゃないけどすごくその人のことが気になって気になって
じりじりしてるような空気を感じる。
女子トークなら「わかるー!あるあるー!」って言いたくなるようなね。
(男子にもあるんだろうか?わかる人教えてー)

そして後者の「きつね色」ってなんて絶妙な表現なのだろうと。
どういう状態がきつね色なんだろうね。
自分を見失わない程度かしら?とかいろいろ考えてしまう。
だんだんきつねうどん食べたい!とかなっちゃうんだけどw

ちょっとした変換ミスだったけど予想以上にうれしい時間が過ごせて
いろいろな人やものごとに感謝。

Posted July 28, 2011

カタツムリ

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小6のときの担任は「まいまい」言うてた。
蝸牛考を知ったのは大学に入ってから。

Posted July 10, 2011