merry's posterous

卯月のおわりに

やりたいこととやるべきこと。

ごっちゃになってることに気づいた。

やるべきことは本当にやるべきことならやりたいことに化けてくれるから。

まずはやりたいことからやりましょう。

運転能力をあげたい

先日の帰りの運転はきつかった。
1、2度しか使った事のない道。
しかもその2回目は2年以上前の事。
路面が雨で反射して見えない。
視界も悪い。
そんなわけで高速に3回ぐらい乗り損ねた。
一般道も片道2車線。
車線変更は苦手なのでなるべく片方によっておきたいのだけど
どっちにいたほうがいいのかよくわからない。
ふらふらするのが一番良くないだろうから結局は腹を決めて必要に応じて変更したけど
みんな走り慣れているのかスピードがかなり出ていて怖かった。
運転はスポーツ、こういうときには本当そう思う。
こういう状態の時でも勘でなんとかなっちゃう人って運動神経とか方向感覚の鋭さが違うんだろうね。

では、もともとの感性のない自分はどうすればいいのだろう。
確実なのは経験値を積む事。
視界のいいときに何回か走っとけば雨の日でもだいたいわかる。
ただそうそう千葉方面には行けない、予算の面で。
ああ、高速1000円のときにやっとけばよかったのか。

あ、てっとり早いのはナビを買うことだろう。
iPhoneのナビはそれなりに役に立つけどやはり「それなり」。
運転中に画面見るのもよくないしね。
ただナビを使うと何かに負けた気がするw

そういえば3年前はiPhoneもろくに使えてなくて紙の地図をみながら
知らない道を走って予約していたホテルをさがしたっけ。
なんであんなことができたのだろう。
なんであんなことができなくなってるのだろう。

できないのも悔しいので少しでも感覚をつかむ方法を考えてみる。
どんなに予定と違う道になったとしても結局目的地に行き着くようにするには、
やはり東西南北で場所を認識する事だろう。
普段知ってる道でもどっちが北とかほとんど気にしたことがない。
これはちょっと習慣にしてみたいな。

もっとも。
子供の命を預かってる身としては。
さっさとあきらめて電車にするか
勝ち負けうんぬんこだわらずにナビ買うのが一番なのかもしれない。

ノートブック

片付けをしていたら古い古いノートが出てきた。
ふつうの大学ノートの4倍ぐらいの厚みがあって、確か高校の時に買ったもの。
当時の自分の小遣いからするととても高い買い物だったけれど、大人っぽい雰囲気のこのノートがどうしても欲しくて、手に入れた時は本当にうれしかったのを思い出した。
とはいえ雑な性格ゆえきちんと使ったわけではなく、内容はバラバラだ。
日記のようなものだったり手紙の下書きだったり、はたまた観光地のパンフレットや年賀状が貼り付けてあったり。
時期も高校の時に書いたものや大学生なってから描いたもの、社会人一年目に書いたもの。読み返すと相当に恥ずかしい(笑)だいたいこういうのを自分が書くときっていうのは嬉しい時よりも悩んだり辛かったりした時だから。

それでもこの時に悩んでたことって今はほぼ解決できてる。年の功おそるべしw

過去を振り返ってばかりもつまらないけれど、いい加減捨てようと思っていたこのノート。
結局また本棚に戻した。

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春のスイッチ

春はだんだん感じるものだけど、実際今年もたくさんそう思う事があったけど。
4月1日みたいな区切りのいい時も春って感じがする。
桜は先週から本格的に咲き始めてたし、
こどもの学校も先週からスタート。
先週から仕事の担当者も変わったし。
やりたいことが明確になってきたのも先週。

だけどなぜか今朝、どこかにスイッチがあるんじゃないかと思ったぐらい
春だ、と思った。
睡眠時間が長かったわけではない。むしろ短い。
相変わらず花粉はくしゃみと鼻水を引き起こす。
だけど元気。
矛盾だらけだけど体調は万全です、と言い切ってしまいそう。

そうか、気力が花開いたから春だと思ったのかもしれない。

Posted April 9, 2012

親は強くあれと思う

実家のあるところはうどん県の中でも相当田舎である。そのせいかたまにスーパーの駐車場でエンジンをかけっぱなしの車を見かける。車内には誰もいないことが多いけどたまに犬がいたりとか赤ちゃんが寝てたりとか。お店自体小さいし、そんなに長いこと停めてないよ、って感覚なんだろうね。
だから昨年、大分の2歳女児行方不明のニュースを知ったときにはそういう感覚でこどもを置いてきちゃったんだろうなぁと思った。決して褒められたことじゃないけど、寝た子を起こすのかわいそうって感覚も、熱射病が心配だからエアコンかけっぱなし=エンジンかけたままで、って気持ちも理解できなくはない。それがこんなことになってしまって母親はどれだけ自分を責めているだろうか、と思うと心が痛くて仕方なかった。どうか無事で帰ってきてほしい、と切実に思ってた。
でも、結局は最悪の結果だった。

やはり思う。
親になるって強さが必要だ。
育児に対する忍耐強さって意味じゃなくて(もちろんある程度はそれも必要)どうにもならないときにジタバタする強さ。他の家族や他人に恥も外聞もなく助けを出す強さやあつかましさ。
なあ、ほんと強くなろうぜ。

朝日新聞の記事から思ったこと

2月1日の朝日新聞より
全生徒にタブレット端末、佐賀県立高、13年度から
http://www.asahi.com/national/update/0201/SEB201202010002.html

 佐賀県教委は、全36県立高校の全生徒にタブレット型端末を配布する方針を固めた。2013年度の新入生から導入する。生徒の関心が高い端末を活用することで学ぶ意欲を向上させる狙い。文部科学省によると、都道府県教委が広く導入する例は珍しいという。(続く)

お、いいなぁと一瞬思ったものの、ふと思い出した。
それは中学入学時にプレゼントされた英語の辞書。当時は英語を初めて学ぶのが中学だったわけで、横文字ってだけで超憧れ。丁寧に開いては箱に戻し、開いては箱に戻ししていたものだ。が、それは3カ月ぐらいまで。1年しないうちに箱はどっかにいき辞書は宿題以外ではひかないものになってしまった。そして自分の英語の点数はすこぶる悪かった!

  またパソコンが学校の授業で導入されるとなったとき。これでよりよい授業ができると大騒ぎになったはずだ。でも結局はそれで成績があがりましたー!とか教師の負担が減ったという話は聞いたことがない。

タブレットも同じじゃないかなと思うのだ。最初は珍しくてうれしくて意欲的に学習に取り組むだろう。けれども時間がたてばあるのが当たり前になる。上記の記事がいうような「学ぶ意欲が向上する」とは思えないのだ。
 もちろん一定数は意欲が持続する生徒もいるだろう。しかしそれは辞書の時代にもちゃんと自分のものにした人が一定数いたのと同じでボトムアップにはならない。結局は使う人次第ってことではないだろうか。

とはいえ、この導入に反対か、というと私はむしろ賛成。たくさんの教科書に参考書、辞書って結構重い。そういう苦労がなくなるのって単純にいいと思うから。あ、雨の日は教科書以上に注意が必要かもだけど。
それに、高校のときにわからなかったとしても何年もあとにそのありがたみに気づくかもしれない。ちょうど自分が今になって辞書のありがたみに気づいたように。

小心者

先日漢検2級を受験。入試や就職と違って人生を決定づけるようなものではなく、高校レベルだから無茶苦茶難しいわけでもない。現に過去問といたら9割以上取れたわけで。
そんなお気楽状態にもかかわらず。試験前日はなかなか眠れず。そのくせ4時には目が覚めるわ、朝ごはんは喉を通らないわ、お腹の調子は今ひとつだわのどんだけプレッシャーに弱いねんっ!てな状況でした。

で、本番。しょっぱなから問題集に出てなかった問題が3問立て続けに出てかなり動揺。でもって長机使用の影響で、隣のおにーちゃんの消しゴムの振動がわざと?ってぐらいすごくて、机を叩きたい衝動に駆られたり。覚えたはずの字が出てこなくて試験じゃなかったらこれもアハ体験だと割り切れるのにぃぃぃぃ!と余計なこと考えたり。

それでも規定時間の3分の1で全問とき終わり、見直しもきっちりできて、思い出せなかった字も最後の最後に思い出せてようやく落ち着き。。。って遅っ!w

こういうのって世の中を渡っていく上であんまり得な性分じゃない。 でもそれなりになんとか渡っていけるのだとも思う。そしてプレッシャーってしんどいけどただの悪者じゃないんだよとも思う。現にその日の夕方には次にどの試験に挑戦しようか考え始めたぐらいだから。

そういえば以前はそういうプレッシャーに弱いってことを人に知られることすら恐れてた。亀の甲より年の功じゃないけど、それなりにうまく付き合えるようになってきたのかなw


そしてそして。
励ましメッセージくださった方々、ふだんから漢字ネタに反応してくださった方々、そうでなくても見守ってくださった方々、本当にありがとうございました。なによりも心強いお守りになりました。結果は40日後だそうなのでまたどこかで報告できたらと思います。

雪と距離と

寒くて起きたら雪だった。
うどん県は滅多に雪は降らないけれど、年に1、2回はかなり降る。
今日がきっとその日。
まだ積もってはいなかったけれど。

朝ごはんを食べながらのんびり眺めてたらあっという間に吹雪になり、枯れたススキに白い花が咲いた。

雪だの雷だの、どうしていつまでも飽きずに眺めてられるのだろう。

ほどなくして雪は止んだのだけれども、急に山が大きくなってびっくりした。
錯覚だとわかっていても不思議なものは不思議。

(download)

モヤモヤと芋掘り

娘につきあって漢検を受けることになった。
さすがに小学校低学年と同じ級というわけにはいかないので2級に挑戦、つまり高校卒業レベル。
それで、10日ほど前から受験勉強にとりかかったわけだけれども、まぁ見事なまでにできない。単語そのものがわからないのは少ない。まったく知らない漢字も今のところない。いわゆるど忘れがとことん多いのだ。
あー、たしか字の中のどこかに糸が入ってたとか、このときにも使う漢字だよー!とか思い出せそうで思い出せないあのとてもモヤモヤする状態。
だけどきっとこのモヤモヤは脳にいいに違いない。脳科学の茂木先生ならそういうはず!と勝手に決めつけてる。確か茂木先生は、資格を取ることに対しては否定的だった気もするけどそこは忘れたことにしたwそうするとこのモヤモヤ状態もなかなか楽しくなるから人間よくできてる。ちゃんと脳を使ってあげてるぞ、よし!という満足感。苦しいけどスポーツ頑張ってる人ってこういう感覚なのかもね。

そうこうしているうちにど忘れ度が少なくなってきた。初めて見る問題でも思い出せるようになる頻度があがってきたのだ。覚えた時期もバラバラ、意味も関連ない単語同士でも「漢字」とう弦に絡まってお互いつながっているのかもしれない。だからどこかを掘り出すと芋づる式に記憶が呼び起こされる。そんなことを考えると脳の中で芋掘りしている感覚まで生じてきた。そうなると問題をとくのが楽しい。買ってきたジャポニカの漢字ノートは早くも1冊が終わろうとしている。

勉強せざるを得ない状況においこんで始めたことだけれど、追い込んでみてよかったな。
試験そのものは来月末が本番。それまでに2級芋を掘り尽くしてみたい。

カタツムリ

庭でカタツムリを見つけた。
写真にとるには土の色と同じでわかりにくいなぁと思って折り紙の上にのせてみた。
当然カタツムリはひきこもっちゃう。
出てくるまで気長に待とうと、台の上に折り紙ごとおいてしばし作業。
もどったらカタツムリはいなくなってた。
折り紙の上から、ではなく台の上にも脚の部分にも、その付近の地面にも。

ひょっとして、誰もみていないときにやつらは高速で動いてるんじゃないだろうか。
高速で移動するカタツムリを想像しながら折り紙を片付けた。